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医療探偵、初の新病発見

オンライン版ニューヨークタイムズの2月2日の記事を訳しました。

症例が少ない病気というのは、その病気の研究にかかるコストと救える人の数との間で費用対効果が問題になります。しかしながら、実は珍しい病気を知ることで、よくある病気の原因究明に思わぬフィードバックが得られることもあるんですね。

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医療探偵、初の新病発見
By GINA KOLATA Published: February 2, 2011 / The New York Times

ケンタッキー州マウント・バーノンに住むベンジさん一家のかかりつけ医は、血管と前肢および腎臓の専門医だったが、完全に途方に暮れていた。ベンジさんの二人の姉妹と二人の兄弟ともに同じ問題を抱えていたが、どこの医者にも原因が分からなかったのだ。

X線写真の結果からは、ベンジさんがほとんど歩くことができない理由は明らかだった。ベンジさんの手足の血管内部には、水道管などで時折見られるようにカルシウムが堆積してしまっていたのだ。ただし、カルシウムの堆積が見られるのは手足の血管のみで、心臓の血管は助かっていたため、差し迫った死の危険というものはなかった。

ベンジさんによると、医者は週に一度チオ硫酸ナトリウムの注射を処方していた。これがカルシウムと反応して、体外に排出できると考えたからだ。しかしその効果はなく、ただ吐き気を催すだけだった。

結局、ベンジさん一家のかかりつけ医は、ベンジさんの診療記録を国立衛生研究所の未分類疾患プログラムと呼ばれる探偵事務所のようなところに送った。このプログラムは、最新の医薬機器やゲノム学の専門家チームの支援により、医者達を困惑させている病気の原因究明に挑むため、2008年の春に設立されたものだ。

珍しい病気を研究することで、より一般的な病気のことを知ることができるというのが設立の主旨だと、同プログラムのディレクターであるウィリアム・A・ガール博士は語った。

博士曰く、設立の理由はもう一つあるという。

「珍しい病気に苦しむ患者さんというのは、多くの場合医療界から見捨てられてしまうものなのです。」と、ガール博士は語る。「病気は、診断できなければ治療ができません。我々の社会が、見捨てられた人たちにどのような手当ができるのかが、我々の社会をはかる物差しなのです。そこから、我々の社会がもっとも貧しい人たちをどのように扱うのかが分かるわけです。」

研究者達は、ベンジさんとその兄妹の例から、初の新病を発見した。ニューイングランド医療ジャーナルの火曜日の報告によれば、この病気は、カルシウムを血管に排出するのを防ぐ遺伝子が変異したことが原因で起きるものであった。

病気の原因を特定できたことにより、研究者達はいくつかの治療方法を考え出すことができた。またこの発見は、より一般的な病気である心臓病や骨粗鬆症など、カルシウムが適切に蓄積されなくなる病気にも関係があることが分かった。

ベンジさんの不可思議な病気の真相究明は、2009年5月11日、ベンジさんが56歳、妹のポーラ・アレンさんが51歳のときに開始され、国立衛生研究所の敷地内にある赤レンガの高い塀で囲まれた医療センターでその真相が解明されたのだ。

未分類疾患プログラムのオフィスには、何千人もの患者から問い合わせがあり、1,700人もの医療記録が送付されていると、ガール博士は語る。「多くはホプキンスやメイヨー・クリニック、クリーブランドクリニックの患者さんで、この三つの病院全てに複数回通われた患者さんもいらっしゃいます。」

ガール博士やその同僚達が探しているのは、珍しい症状や、あまり見られないような不調を訴える人々だ。例えば、彼らが現在調査しているのはある少女の謎の病気で、制御不能の筋肉のけいれんにより、話したり歩いたり手を使ったりすることができなくなるというものだ。同じ病気は、ある少年にはパーキンソン病のような症状を示し、ある中年女性の場合は毛髪のタンパク質成分であるケラチンの破片が頭の毛穴から出てくるという現象を起こした。

ベンジさんと妹さんの症状は、かつて他の誰にも見られなかったものだ。手足のX線やMRIの画像によれば、血管がカルシウムで詰まってしまい、これを迂回するために枝分かれした細い血管を何とか血液が通り抜けている状態だった。また、この細い血管だけでは、十分な血液を供給することはできなかった。

ベンジさんの場合は、5人の兄妹が症状を示していたため、研究者達は遺伝子的なアプローチを取ることに決め、ほとんどの大手医療機関でも使われていない技術を利用した。両親については問題は見られず、そのことはこの病気の原因が劣性遺伝によるものであろうことを示していた。つまり、両親それぞれが変異遺伝子と正常遺伝子の組み合わせを持っており、病気の子供は両親それぞれから変異遺伝子を受け継ぎ、変異遺伝子だけの組み合わせを持っているということだ。

調査員達のDNA調査は92もの遺伝子に及んだ。研究者達はその中から絞り込んで、犯人の遺伝子を特定したのだ。変異はその活動を停止した。

細胞は遺伝子を使って細胞外アデノシンを生成する。一般的な化合物であるこの細胞外アデノシンが、この病気の場合は石灰化を抑制するのに必要だったのだ。この代謝経路はまだ誰にも知られていなかったと、国立心肺血液研究所の血管生物学者マンフレッド・ボエム博士は語る。

非常に重要な発見だと、この研究には参加していないワシントン大学の骨分泌学者ドワイト・タウラー博士は言う。この発見によって、他の研究者達も、どのような信号が体の様々な部分で石灰化を引き起こすのか理解できるかも知れないからだ。

「お気づきでしょうが、体中で問題が起きるわけではないんです。」タウラー博士はベンジさんとその兄妹の症例について語った。骨の石灰化と血管の形成とは絶妙な関係にあり、体のある器官と他の器官とでは、似てはいるが微妙に異なるメカニズムを用いるようにできているからだ。

この病気の存在は、理解が進んできた血管細胞と骨細胞との関係の親密さにも当てはまる。研究者達は、これにより、カルシウムが冠状動脈や心臓弁に蓄積する心臓病について、新たな知見を得ることができるかも知れないと言う。実際、骨が骨髄をともなって管状に形成されることがあると、タウラー博士は指摘する。

また、この病気により、骨が減ってしまう骨粗鬆症と心臓病との関係が明らかになる可能性もある。骨粗鬆症では、骨が減ると同時に、しばしばカルシウムが動脈に蓄積する。それはまるで、骨に蓄積するはずのカルシウムが血管の方に向かってしまったかのように。

「このことは、血管を生成する細胞が、元をたどれば骨を作る細胞と同じだということに関係があると思います。」国立人類遺伝子研究所で医療部長も務めるガール博士は語る。

研究者達はこれまでに、3家族9人の患者をこの新病の患者として確認した。ベンジさん一家と、サンフランシスコにいる患者とイタリアに暮らしている家族だ。現在は治療方法の研究段階にある。もっとも単純な治療方法は、骨粗鬆症用の薬であるビスフォスフォネートを投与することかもしれない。遺伝子の変異とアデノシンレベルの低下により、患者達はカルシウムの蓄積に必要なアルカリフォスファターゼという酵素のレベルが高いという結果になっている。ビスフォスフォネートには、この酵素のレベルを下げる効果があるのだ。

研究者達は、ビスフォスフォネートの試験計画をまとめて倫理審査会に提出し、承認を得る予定だ。

「このまま進められるかどうか、3~4ヶ月のうちに明らかにできればと考えています。」ガール博士は言った。

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ソース: The New York Times - Medical Detectives Find Their First New Disease By GINA KOLATA Published: February 2, 2011 (http://www.nytimes.com/2011/02/03/health/03disease.html?ref=science)